薔薇十字
rosenkreuz
2024年のmidnight crystal以後は映色が思うようにいかなくなった。陽射しが強くなりすぎて色が破綻するし、たまに綺麗に色が出ても、なにか同じことを繰り返して足踏みをしているようでトキメキがない。それでも予感だけはあったので時間を見つけては淡々と失敗と和紙の浪費を繰り返していた。それは月の明かりで暗い井戸を掘るような孤独な作業だった。
ある日海辺の薔薇を映色していたら、薔薇の横に十字の印字線が薄っすらと入っていたことに気づいた。それは理由のわからない偶然(エラー)で、意図したものではない。思い返すとたしかブラックインクが切れたのだけど、手元に在庫がなくて、そのままコピーを続けていくうちに、全体が赤っぽくなって、逆におもしろいのでコピーを続けて薪ストーブの熱で映色した。そのときはまだ十字線に気づいていなかったので、その上にいろんな色のカラーインクを薔薇に垂らして遊んでいた。
今はインクを補充して強力なヘッドクリーニングまでしてしまったので、色も元通りになって、当然ながら理由のわからない十字架は出なくなった。撮影しておけばよかったと悔やんだが、そのときはワクワクしていたのでこれが作品になるとは思っていなかった。上の写真はそのときの印刷の感じを後から再現したもの。信じてもらえないかもしれないけど、このなにもない空間にうっすらと十字架が浮かんでいた。そのときは自分でも気づかないくらい、うっすらと。
薔薇十字はかなり前から着想していたけれど、イメージをつかみ切れていなかった。資料を読んだりいろいろな図案を描いてはみたけど、しっくりこない。ある日シュタイナーの本を読んでいて、天啓のようにイメージが入ってきた。それははっきりとはしないが魂にも似た生きたイメージの塊で、ネットで調べたりAIに聞いて得られるような情報ではなかった。
予感のようなイマージュをもとにしてまず作ったのがこの作品。
赤い薔薇は血液によって到達されるものを示し、十字は人間の未来を示唆する。黒い木の十字架を取り囲む薔薇の花輪は、人間の進化の印、高次の世界に導く力。
伝統的な刺青、つまりタトゥーを参考にして描いた。わるくはないのだけど、既存のデザインを元にしているし、なにかに届いていないというのか、まだ先に何かある気がしていた。
そして先ほどの海辺の薔薇に十字架が浮かんでいたことに気づいた。興奮して(あわてて)すぐに藍色のインクでその線を辿ってから、映色してみた。画面を横から縦に変えたことで、薔薇が十字架によって立ち上がり、砂浜に落ちた花びらが涙のように見えた。重力と恩寵(血の赤と十字架)によって立ち上がるという意味において、人間の進化をも示唆しているし、死と生が支え合っているような高揚と美しさもある。なにかを超えた気がして『これだ』と確信した。
海辺の薔薇は実際にこの目で見た風景で、何度か作品にもしている。誰がやったのかは知らないが、たぶん弔いの意味で置いたものだろう。この世とあの世の境目のような波打ち際に置かれた薔薇の花は儚くて、とても個人的な儀式だろうに、なぜだか誰の心にも迫ってくるような普遍性(永遠)があった。
水晶や生命の樹(stay gold)はどちらも思いがけない偶然によって普遍性を獲得している。この作品もこちらが意図していなかったエラー、言い換えれば異常な事態からアイデアが生まれている。イマジネーションというのは、私たちが知らない世界からもたらされる。それは予定調和からは遠く離れた目の前にある異界、彼岸と此岸の境目にその徴(しるし)が現れる。
その徴(しるし)は、カーテンが風に揺られるようなごくわずかなもので、ほとんどの人は見逃しているような微細な霊の動き。巷に溢れる情報や常識や思い込みに振り回されていると、その機微を受け取ることはできない。自分を探すのに旅に出る必要はない。日常のほんのすこしだけズレた場所に、あなたが知らなかった世界がある。その秘密を知ると、今まで悩んでいたようなことは跡形もなく吹き飛ぶ。
映色+彩色という組み合わせも意図していなかったもので、これからの可能性を開いてくれた。この作品の一番気に入っている点は自分で作った気がしないところ。ヴェイユの脱創造。この言葉を誤解しないでほしい。創造を捨てるのではなく、自分自身(エゴ)が創造から離脱することによって神々の愛を引き寄せ、世界の創造を預かる。そのとき水平線のように平等に、すべての人々に永遠の門は開かれる。

